・1950年代 江東区三好で賃貸業を営んでいた。
店舗を貸していた八百屋さん(青果商)が夜逃げした
債権者(市場業者)が「大家さんなんとか払ってくれませんか」と言ってきた。
閉店しているた店前に常連客が来て「いつになったら営業を再開するんですか」とも言ってきた。
→大家が代わりに青果商を始める(夜逃げした人の代わりだったのでそのあとしばらくは彼の名前(竹下)で買い出しなどしていた。
その後埋め立て地であった豊洲が一般入札で払い下げになり2期目の募集で現在の場所を購入して青果商を開いた、隣は魚屋さん(鮮魚店)
・1960年代 業種から業態へ
鮮魚店店主が高齢で閉店するというので土地を買い取りミニスーパとして改装した。当時お客さんが自由に商品をカゴに入れて出口でまとめて精算する販売形態は珍しく「セルフサービスの店」としてアピールした。
青果組合の組合員の中で同じように業態変換する店も増えたので「たつみチェーン」を創立した。
・1970年代 たつみチェーンの加盟店で日本NCRと通産省のPOS実験を実施した。
・1990年 現在のたつみビルを新築して1階を店舗 2階で惣菜の作業場として使用している。
・2024年10月31日 新しいビジネスモデルへの挑戦がスタート